【存在論】ものがあると「思う」部分は科学では決して扱えない

【存在論】ものがあると「思う」部分は科学では決して扱えない

このエントリーをはてなブックマークに追加

今さらながら、やっぱり哲学って重要だなぁって思ってきました。
哲学って、なんか、当たり前のことを、わざと難しく言ってるだけじゃないのかって思ってたんですよ。
お互い難しい言葉でわかったようなことを言い合ってるだけじゃないかって。

そうじゃないって、ようやく分かってきました。
物が存在するじゃないですか。
そんな当たり前のこと、ギリシャ時代からずっと議論してます。
存在論と認識論です。

科学は、そんな決まりきったこと、議論する必要もありません。
でも、ものがあるって思えるって、どういうことなんでしょう?
「思える」の部分の話です。
ものがあるのを前提に理論を組み立てるのが科学です。
なぜ、あると思えるのかを考えるのが哲学です。
両者は相いれないんです。
でも、人間の頭は、どっちの言い分もわかりますよね。
この、どっちの言い分も分かるAIを作らないと、人間と同じ知能を持ったと言えないんですよ。
それは、今のAIと根本的に違う仕組みのはずです。
じゃぁ、それは、どんな仕組み何でしょう?

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です