ヘレン・ケラーに学ぶ現在の自然言語処理にかけている重要なもの2

ヘレン・ケラーに学ぶ現在の自然言語処理にかけている重要なもの2

2018.02.11
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目が見えず、耳が聞こえないため、言葉を知らず、わがままに育てられたヘレン・ケラー。
サリヴァン先生は、彼女に言葉を教えようと悪戦苦闘します。
その日も、わがままなヘレンは、サリヴァン先生にもらった人形が気に入らず、癇癪を起して力いっぱい床に叩きつけて壊してしまいます。
ここまでが、前回のお話です。

その後、ヘレンを外に連れ出したサリヴァン先生は、ヘレンを井戸に連れて行きます。
そこで、ヘレンの片手に、井戸から流れ出る冷たい水を流し、もう一方の手に、「w-a-t-e-r」と何度も綴ります。

そのとき、ヘレンは、何か、大事なことを思い出した気がしました。
全身の注意を、サリヴァン先生の指の動きに集中します。
すると突然、今まで感じていた世界が崩れ落ち、全く違う世界が立ち現れてきたのです。

 

その前の日、サリヴァン先生は、「カップ」と、その中の「水」をヘレンに教えていました。
しかし、何度教えても、「カップ」と「水」の違いがわからず、ヘレンは、また癇癪を起していました。

ピン、帽子、カップなど、単語と、その綴りを結び付けることはすぐにできるようになっていました。
でも、これができただけでは、言葉を理解したとは言えません。

犬でも、「ポチ」と飼い主に名前を呼ばれれば、飼い主のところに行くことができます。
これは、一見、自分の名前を理解しているように見えますが、「ポチ」と言われたら、言った人のとこに行けば褒められると、条件と行動が結び付いているだけです。
「ポチ」が自分の名前だと理解して行動しているわけではありません。

それまでのヘレンの理解は、犬と同じです。
人形を渡されて、「d – o – l – l」と綴れば褒められるというゲームをしていただけです。
ヘレンは、「doll」というのは、人形一般でなく、渡された特定の人形にしか使いません。

そこで、サリヴァン先生は、「doll」というのは、いつもの人形だけでなく、別の人形も「doll」と言うということを教えようと、今朝、新しい人形をヘレンに渡したのでした。

そして、今、井戸から流れ出る冷たい水が、昨日、カップに入っていた水と同じであることを示すために、「w-a-t-e-r」と綴ったのでした。

カップの中の水と、井戸から流れ出る水。
まったく違う状況ですが、どちらも同じ「w-a-t-e-r」

これを理解するには、現実世界にあるものをそのまま認識するのでなく、言葉という抽象的な「記号」に置き換える能力が必要なのです。
人間には、その能力が備わっています。
目で見た物を言葉に置き換えて口に出して言い、それを耳で聞く。
こういった環境で育てば、自然と「物」を「言葉」で表現できるようになります。

ところが、ヘレンは、目が見えず、耳が聞こえないため、現実世界の「物」を、言葉に置き換えて言ったり、聞いたりする環境で育たなかったため、「物」を「記号」に変換する機能を使わないまま7歳まで成長したのでした。

それが、井戸から流れ出る水が、カップに入った水と同じ綴りと認識したとき、今まで使われていなかった記号化能力にアクセスしたのです。
そのとき、手のひらに綴るゲームの本当の意味がわかったのです。

手のひらに綴っていたのは、その物の名前だったのです。
現実世界にあるものを抽象化し、記号化したのが「名前」です。
現実世界のあらゆるものには「名前」があると知ったのです。
「名前」を使えば、世界を自由に表現することができるのです。
それが「言葉」です。

ヘレンが、「ワーラー、ワーラー」(water)と叫ぶ、映画「奇跡の人」のラストシーンは、この時のヘレンの驚きを表しています。
今まで認識していた現実世界が崩壊し、「言葉」という全く新しい世界観で書き換えられていく衝撃と感動を表現していたのです。

 

ここまでが、映画「奇跡の人」に描かれていた話です。
皆さんの記憶も同じだと思います。

 

ところが、ヘレン・ケラーの自叙伝「わたしの生涯」には、その続きがありました。
「言葉」で世界が作られていることに気づいて家に戻ってきたヘレンに最初に突き付けられたのは、今朝の人形でした。

癇癪を起して床に叩きつけて壊した人形です。
その人形に気づいたとき、ヘレンは、今まで以上の衝撃を受けます。

 

 

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