記憶って何?思い出ってどういうこと?

記憶って何?思い出ってどういうこと?

「自分」が「自分」であるのは、エピソード記憶があるから

2013.10.17
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印象に残ったことは、記憶に残りますよね。
印象に残るとは、その物事に注目したということです。
注目すると、まず、その状況が作業空間にオブジェクトとして配置されます。
「作業空間」「オブジェクト」に関しては、前回の「3次元空間を認識するってどういうこと?」を参考にしてください。

そして、作業空間の状態は、そのまま記憶されます。
つまり、その場面ごと記憶されます。
この記憶をエピソード記憶といいます。
思い出す場合には、その場面ごとに思い出されます。
つまり、心は、作業空間の状態をそのまま記憶できる記憶領域を持っているといえます。

たとえば、机の上にリンゴが載っていて、「あっ、りんごがある」と思ったとします。
なぜ、「あっ」と思ったのかは、リンゴは昨日食べてもうなくなっていると思ったとか、
普段、その机にリンゴを置くことはないのにとか、
何でもいいわけですが、ただ、「あっ」と思って、それをきっかけとしてその光景が作業空間に配置されるわけです。
これが、「注目する」という行為です。

注目した光景というのは、机の上にリンゴが載った光景で、机オブジェクトの上にリンゴオブジェクトが配置されている状況です。
リンゴのそばに鉛筆も置いてあって、鉛筆もあるなぁと思ったら、鉛筆も一緒に作業空間に配置されます。
そして、思い出すとき、鉛筆も一緒に思い出されます。
何も思わなければ、鉛筆は作業空間に配置されず、鉛筆があったことは忘れ去られてしまいます。

 

 

作業空間に配置されるのは、注目したり意識したものだけですので、思い出される光景も、注目したり意識したものだけとなります。
その場を写真に撮ったように全てが記憶されるわけではありません。
そして、「昨日、この机の上にリンゴが置いてなかった?」と聞かれたら、「机とリンゴ」で記憶領域を検索し、その場面が見つかれば、記憶を思い出したこととなり、「うん、置いてあるのを見たよ」となるわけです。
また、「リンゴのそばに鉛筆なかった?」と聞かれて、鉛筆も記憶していれば「うん、あったよ」となりますし、鉛筆を記憶していなければ、「う~ん、覚えてないなぁ」となるわけです。

エピソード記憶は、場面や状況を記憶しますが、その時自分が見た光景を、見た、そのままの見え方で記憶するわけではありません。
たとえば、「小学校のときの教室」を思い出してみてください。
それは、教室を上から眺めた光景を思い出していないでしょうか?

よく考えると、これは不思議です。
教室を、そんな上から眺めた経験などないからです。
これは、教室の様子を思い出すとき、全体を見渡せるように見方を調整したからです。
このように見方を変えることができるのは、部屋や机を3次元のオブジェクトとして持っているからです。
作業空間に3Dモデルの教室が展開されたわけです。

このように、見た場面や状況を記憶するのがエピソード記憶です。
エピソード記憶は「思い出」とも言えます。

記憶には、もう一つあって、それは意味記憶といいます。
意味記憶というのは、リンゴは丸いとか赤いとかといった辞書的な記憶で、特定の思い出とか場面に結び付けられていない記憶です。

意味記憶は、エピソード記憶から生成されます。
たとえば、「これがリンゴよ」とお母さんに教えてもらって、また別の場所で、「これがリンゴだよ」とおばあちゃんに教えてもらったとします。
エピソード記憶では、お母さんがリンゴを指差す場面と、おばあちゃんがリンゴを手に持っている場面を記憶したとします。

 

 

それぞれのリンゴは大きさや色が少し異なりますが、丸くて赤いという大体の特徴は同じです。
こういった共通の特徴を抽出して、「リンゴ」という単語に、「丸い」「赤い」という特徴を関連付けて記憶するわけです。
これが意味記憶です。
意味記憶では、特定の場面は消えてしまって、その物自体の辞書的なデータのみが残されています。

ここで、心の重要な機能が出て来ました。
心は、複数のエピソード記憶から、共通する特徴を抽出して意味記憶としてまとめる機能があるということです。

 

そして、もう一つ重要なのは、意味記憶はオブジェクトとしてまとめられることです。
「リンゴ」を作業空間に配置するとき、オブジェクトとして配置されます。
リンゴオブジェクトは、丸いとか赤いといったデータを持っていますが、これが意味記憶となります。
リンゴオブジェクトには、その他、甘くて美味しいとか、皮があって、皮をむいて食べるといったリンゴに関する様々なデータを持っています。

だから、リンゴを見ただけで、美味しそうとか、皮をむいて八つに切って食べようといったことを想像できるのです。
外見から分からないことも、意味記憶のデータがあるから分かるわけです。
単に、見たままでなく、オブジェクトとして認識することで、目に見えない様々な情報も暗に意識されているのです。

 

多数のエピソード記憶から特徴を取り出して意味記憶を生成するといいましたが、人間は、このような作業をいつ行っているのでしょう?

これは僕の仮説ですが、この作業は寝ているときに行っていると考えています。

 

 

起きている間に、人は、何かに注目したり意識するたびにエピソード記憶を溜めていきます。
これは膨大な量です。
記憶領域には限界があるので、すべての出来事を覚えておくわけにはいきません。
意味記憶に整理して、不要なエピソード記憶は削除する必要があります。
この作業を、毎日、寝ている間に行っているのです。

寝ているとき、夢を見ますが、それは、昼間、起こった出来事や、普段から考えていることだったりしますよね。
寝ている間にエピソード記憶を順番に読み出して整理しているとき、深い眠りに落ちる前の一瞬の間、意識がそのエピソード記憶に触れたときに夢を見るのです。

コンピュータでもバッチ処理というものがあります。
たとえば、店で商品が売れるたびにレジで記録していき、夜中に、その日の販売データを集計して、売り上げを計算したりしますが、これが、バッチ処理です。

バッチ処理というのは、たいてい重い処理で、他の作業をしながらできないので、夜中など、他の作業をしていないときに一気に行うものです。
人間が毎晩眠るのは、昼間に起こった出来事を整理する処理に当てるためだと思っています。
人が眠る理由というのは、実は、未だによく分かっていなくて、こういう理由でないかと僕は思っています。

 

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