意識の仮想世界仮説 -目の前に見えてる世界は全て幻想-

意識の仮想世界仮説 -目の前に見えてる世界は全て幻想-

あなたは、今、見ている世界が、現実に存在すると思ってやいませんか?

このエントリーをはてなブックマークに追加

AIロボットと、目の前に置いてある水の入ったコップについて会話するとします。
人:「このコップを傾けると、どうなると思いますか?」
AI:「そりゃ、水がこぼれますよ。」

この会話ができるのに、何が必要でしょう?

まず、「コップ」、「水」といったものを見て、認識できなければいけません。
そして、
・コップというものは液体を入れる容器である。
・水は液体で、液体は下に流れるという性質がある。
・コップを傾けると、中の液体が流れ出る。
こういった知識が必要になります。

AIロボットは、CCDカメラによって目の前の景色を撮影しているとします。
AIの意識は、これらの知識を持っていれば、この会話ができるでしょうか?

まず、最初に「コップ」「水」というものを認識する必要がありますよね。
しかし、CCDカメラで撮影されたデータは、RGB3色のドットの集まりに過ぎません。

それでは、我々人間の意識は、RGBのドットの集まりから、コップや水を探し出して認識しているでしょうか?
そんなことはしてないですよね。
目の前のコップを意識したときには、すでに、コップとして認識していますよね。

つまり、意識は、意識が認識できるオブジェクトとして提示されたものを認識しているのです。
「オブジェクト」とは、「3次元空間を認識するってどういうこと?」で説明したオブジェクトのことで、簡単に説明すると、対象とするものを、形、色、大きさなどで管理したひとまとまりのデータのことです。
それでは、そのようなことは、どうすれば実現できるでしょうか?
ここで、簡単な思考実験をしてみましょう。

まずは、VR(バーチャルリアリティ)のゴーグルをかけたところを想像してください。

 

 

ただし、VRゴーグルに映し出される映像は、今、あなたが目にしている映像です。
つまり、VRゴーグルをかけても、かけなくても、全く同じ光景が見えます。
首を回せば、それにあわせて映像も変わるので、映像を見ているという違和感を感じません。

ゴーグルに取り付けたカメラの映像を、そのままゴーグル内に投影しているように感じますが、少し違います。
実際は、カメラの映像をリアルタイムで解析し、見た映像をそっくりそのまま3DCGに変換して投影しているのです。
本物そっくりのCGなので、CGだと、あなたは気づきません。

さて、ここからが、意識の説明です。
VRゴーグルを着けているあなたが意識とします。

見えてる景色はすべてCGオブジェクトです。
オブジェクト単位で認識でき、オブジェクトには、関連したデータを設定できます。

つまり、コップオブジェクトを認識した時点で、液体を収納する容器だと認識できます。
水を認識した時点で、水は液体だから流れると認識できます。

このように、現実世界を3DCGに変換することで、我々が普段認識している世界を構築することができるのです。

これは、人が認識する世界と同じです。
つまり、同じものを見て、同じデータ(コップは容器とか)を共有できます。
このことは、互いに同じプロトコルを持っているといえます。
つまり、心のエコシステムを構築でき、人と自然なコミュニケーションが成り立つのです。
「心のエコシステム」とは、「チューリング・テストと心の仕組み」で説明しましたが、簡単に説明すると、おなじ心の仕組みを持つ者同士でコミュニケーションを取る集団のことです。

仮想世界の構築を行うのは無意識です。
意識は、無意識で作られた仮想世界しか認識することができません。
その代わり、仮想世界ですので、構築した3Dオブジェクトには、知識や経験に基づいたデータを関連付けることができます。

それでは、意識とは何でしょう?
意識は、仮想世界を操作するプログラムです。

仮想世界を操作して、当てはまる認知パターンを探します。
コップを傾けると、水がこぼれるという認知パターンを探すわけです。
認知パターンは、他人と共有されているので、お互いに理解できるわけです。

「コップを傾けると背中が痒くなる」という事象が存在したとしても、共有されていないと、意味が通じないわけです。
認知パターンを共有するのが心のエコシステムです。

水がこぼれると、机が濡れるというのも認知パターンです。
机を濡らして、店の人に迷惑をかけるというのも認知パターンです。
認知パターンを次々に連鎖させて、人に迷惑をかけるといった社会的な感情パターンまでたどり着けば、これはやるべきことでないと判断できます。

これが意識です。
意識は、オブジェクトを様々に操作して、何らかの感情パターンが抽出できないか探索します。
抽出された感情パターンに基づいて、行動を決定します。
これが、心のエコシステムの意識の役割です。

 

さて、ここからが重要な話です。
僕は、これは、AIに意識を持たせるだけの話とは思っていません。
人の意識も、こうなっていると考えます。
これを、意識の仮想世界仮説と呼んでいます。

どういうことかというと、人が見ている世界も、無意識が作り上げた仮想世界であるという仮説です。
我々が見ている世界、感じている世界は、実は、世界を直接見ているのでなく、無意識が作り上げた仮想世界ということなのです。

目で見た世界を忠実に再現した世界を我々は認識しているということです。
目で見ただけでなく、音や臭い、皮膚感覚、すべて仮想現実なのです。
机を叩いたときに感じる感覚、音は、仮想的な机を叩いた感覚で、仮想的な机から出る音なのです。

現実と思っている世界も、実は、無意識が作り出した仮想世界なのです。
あなたが今、目の前にしている机や椅子も、現実の机や椅子を見ているのではなく、無意識が作り上げた仮想的な机や椅子なのです。
もっと言えば、われわれは、生まれてこの方、現実世界を直接認識したことはなく、仮想世界の中で生きてきたのです。

まるで、映画「マトリックス」の世界です。
主人公ネオは、赤いピルを飲んで、真実を知ります。
見せられたのは、カプセルの中に眠らされて、培養されている人類の姿でした。

後頭部から脳に直接ケーブルが繋がれ、意識は、仮想現実を見せられていたのでした。
毎日、普通に生活していると思われていたのは、現実の世界でなく、コンピュータによって見せられていた仮想現実の夢だったのです。

 

 

これは、SF映画の中の話でなく、真実なのです。
我々人類は、現実世界など、一度も経験したことがなく、生まれてこの方ずっと見せられていたのは、仮想現実の世界だというのです。

映画マトリックスと少し違うのは、仮想現実の中身は、現実を忠実に模倣したものだということです。
でも、現実世界でないことには違いはありません。
今も、あなたが見ている世界は仮想世界なのです。

それでも、あなたは言うでしょう。
「だって、この世界、この机、現実そのものでしょ!」
そういって、机を叩くでしょう。

でも、あなたの意識が認識するのは、仮想現実の机を仮想現実の手が叩いた時にでる音と、仮想現実の手で感じる痛みだけなのです。
生まれてこの方、現実世界を経験したことがないのに、どうして、現実世界と仮想世界を見分けることができるのですか?

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

“意識の仮想世界仮説 -目の前に見えてる世界は全て幻想-” への7件のフィードバック

  1. 布団 より:

    シミュレーション仮説ですか…
    その場合、どんな世界でもあなたが言うところの”現実世界”と”仮想世界”が成り立ち、
    マトリョシカのように答えは出ないと思います。
    AIに学習させるモデルを3Dで構成するのは妥当ですが、
    それを思考の前提、この世界もそうなっていると考えるのは
    早計ではないでしょうか?

    • 田方 篤志 田方 篤志 より:

      コメント、ありがとうございます。

      シミュレーション仮説ですか…
      その場合、どんな世界でもあなたが言うところの”現実世界”と”仮想世界”が成り立ち、
      マトリョシカのように答えは出ないと思います。

      これは、頭の中の小人(ホムンクルス)が世界を認識するというホムンクルスの無限後退のことを指しているのですよね。
      確かに、「意識の仮想世界仮設」も、頭の中に仮想の世界を作るという点で似ていますが、認識するのに、ホムンクルスは使わないので無限後退は起こりません。

      「意識の仮想世界仮説」では、頭の中に現実世界そのままの仮想世界を構築しますが、それを認識するのは、仮想世界の中の自分ではありません。
      仮想世界とは別に、仮想世界を操作する別のプログラムがあって、そのプログラムが意識なのです。
      たとえて言えば、データベースとデータベースを使うアプリケーションの関係のようなものです。

      世界を認識しようとすれば、世界を見下ろした3Dの仮想世界を作成します。その中に、自分自身の3Dモデルも含まれます。
      意識プログラムは、仮想世界を認識/操作します。
      ただし、意識プログラムは、仮想世界にいる自分のモデルの頭の中にあるわけではなく、仮想世界の外にあるのです。

      意識プログラムが世界を認識/操作するとは、データベースから関連するデータを読み出したり、書き込んだりすることです。
      意識プログラムが直接認識するのは、仮想世界(データベース)であって、センサーで取り込んだ生の現実世界そのものではないというのが「意識の仮想世界仮説」です。

      生の現実世界を直接認識すると、人間のような意識は発生しないとう話は、「そもそも意識ってなに」で、カエルを例にあげて書いてますので、そちらも併せてお読みください。

  2. 布団 より:

    失礼、マトリョシカではなくマトリョーシカでした。

  3. 布団 より:

    読みました。なるほど意識は脳で再構築された仮想世界を認識しているということですか。
    解説してくださりありがとうございます。
    自分の中で考えをまとめるのには少し時間がかかりそうなので詳しくコメントとすることは控えますが
    とても有用だと思ったリンクを貼っておきます。
    http://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/032300023/
    https://staff.aist.go.jp/y-ichisugi/besom/brain-memo.html

    • 田方 篤志 田方 篤志 より:

      「意識の仮想世界仮説」は、自分では、画期的な考えだと思っているのですが、どうも、かなりわかりにくいようで、あまりコメントが付かず、コメントいただけて嬉しいです。
      参考サイトもじっくり読ませていただきます。
      ありがとうございます。

  4. 丸井均 より:

    たいへん興味深く読ませていただきました。私もつねづね意識とはどこから来るのだろうか?と不思議に思っています。
    人工知能にとっての意識は、CPUのなかの仮想世界。ということになりますが、
    人間にとっての意識とは、プラトンが言うところのイデアの世界。
    イデアの世界を共有しているゆえに、微妙に異なる(例えばいろんな種類がいる犬とか)対象を共有できるのではないかと思いました。

    • 田方 篤志 田方 篤志 より:

      コメントありがとうございます。

      人間にとっての意識とは、プラトンが言うところのイデアの世界。

      そうなんです!
      AIも、そろそろイデアを扱わないといけないと思っています。
      ディープラーニングからイデアが生まれるわけないですし。
      プラトンの考えは、シンプルでコンピュータ・プログラムと相性がいいように思います。
      AIの限界を考えるときは、ヴィトゲンシュタインはものすごく参考になるのですが、コンピュータ・プログラムに落とし込むといった話ではないですし。

コメントを残す