意識のハードプロブレムが解決しましたが、何か?

意識のハードプロブレムが解決しましたが、何か?

どうすれば、AIが、「私って何?」という問題に気づくのか

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意識のハードプロブレム」とは、1994年、第一回の意識に関する国際会議(ツーソン会議)で、哲学者デイヴィット・チャーマーズが提起したものです。彼は、意識を二つの問題に分けました。
一つは、イージープロブレムで、物質としての脳はどのように情報を処理しているのかという問題です。これは、現在、脳科学の分野で、fMRIなどを使って盛んに研究されているものです。

もう一つが、ハードプロブレムで、主観的な意識体験はどのように発生するのかといった問題です。主観的な意識体験とは、自分が見ている、感じているという意識して感じることができる部分です。
どうすれば、そんな意識が発生するのか、これがハードプロブレムの問題です。

なぜ、ハードプロブレムかというと、脳の観測からは見えてこないからです。リンゴを見つけて、手で取って食べるまでの脳の信号処理の流れを完全に解明できたとしても、「リンゴを食べよう」と思った意識の本質がどこにあるのかは見えてこないからです。
科学は、観測可能なものしか対象としていないため、観測できない意識といったものは現代科学では手に負えず、どこから手を付けていいのかもわからない難問なのです。

コンピュータを分解すれば、処理の中心はCPUだとわかるでしょう。
でも、CPUの中の信号の流れをすべて解明できたとしても、そのコンピュータでどんなソフトウェアを実行しているのかを解明するのは難しいでしょう。
エクセルなのか、ワードなのか、はたまたスーパーマリオブラザーズなのか。

意識は、コンピュータでいうソフトウェアに近いものです。
脳の信号処理を全て解明しても、意識の本質は見えてきません。

 

僕がこの研究を始めたころ、同じような問題で悩んでいました。
僕の場合、人と自然な会話ができるAIを作ろうとしていました。
当初は、会話シナリオを用意して、単語に応じて用意していた応答を返すだけの会話システムを考えていたのですが、それでは、どうしても自然な会話が続きません。自然な会話を成立させるには、最終的には、人と同じ心や意識を持たせないと無理だとの結論に至ったのです。

そこで、人の「心」と同じ動きをするプログラムのアイデアを思いつき、ロボマインド・プロジェクトがスタートしたのです。今から、15年前のことです。
「意識のハードプロブレム」を知ったのも、その頃で、自分の考えた心のプログラムなら、主観的な意識体験が発生すると確信し安心したのを覚えています。

自分の中では、「意識のハードプロブレム」はすでに解決した問題だったので、すっかり忘れていたのですが、最近のAIブームで、「意識のハードプロブレム」の問題を再び聞くようになり、「あれ、意識のハードプロブレムって、まだ、解決してなかったっけ?」と思ったので、今回は、「意識のハードプロブレム」はどうやったら解決できるかを記事にまとめてみました。

 

主観的な意識体験に関しては、「主観と客観」で詳しく説明しましたが、重要なので、ここでもう一度説明します。
まず、意識のないロボットとしてライントレーサーを例に挙げます。

 

 

ライントレーサーとは、紙の上に描いたラインに沿って走るマイコンロボットのことです。
マイコンロボットは、ラインの位置を検出するセンサーと、車輪を駆動するモータを有するロボット本体と、センサーからの入力に応答し、ラインに沿って走るように左右の車輪をコントロールするコントローラから成ります。

ライントレーサーは、簡単なシステムですが、外の世界を検知するセンサーと、外の世界に働きかける車輪をもっていて、外部世界に応答して自分をコントロールすることができるロボットです。では、このライントレーサーは、世界をどのように認識しているでしょう?

ライントレーサーにとって世界とは、白い紙と、その上の黒い線と思っているのでしょうか?
自分は、その紙の上で、線にそって動くロボットと思っているのでしょうか?

それは、ちょっと違います。

なぜかというと、ライントレーサーは、検知した世界に応じて動いているだけです。コントローラーで制御しているとはいえ、外部世界の変化に応答して動いているだけです。
人間でいえば、反射反応です。膝頭の下を木づちで叩いたら足が上がる、あの、反射反応のことです。
反射反応には意識は存在しないですよね。それと同じです。

ライントレーサーは、自分は、ラインの上を走っているなどと考えることはありません。
「自分」という「主観」を持つには、「自分」以外の「世界」と「自分」とを区別して認識できないといけません。

ここで言う「自分」とは、「ロボット本体」と「コントローラ」を指します。ロボット本体とは、人間でいう「身体」のことです。コントローラーとは、人間でいう「心」のことです。
「心」とは、身体を制御するプログラム全体を指し、「心」のプログラムの中で、自分や世界を認識する部分を「意識」と呼ぶことにします。

そうすると、身体から心、または、心から身体への信号処理の部分がイージープロブレムに該当し、心のプログラムの中身がハードプロブレムに該当するといえます。
こう考えると、ハードプロブレムである「どうすれば主観的な意識体験を発生できるか」という問題は、「どうすれば、意識が、世界と自分を区別して認識できるか」いう問題に置き換えることができます。

 

どうすれば、意識が、自分と世界を区別して認識できるでしょう?

物を認識するとは、物を外から観察しないといけません。
それでは、自分や世界を認識するとは、どういうことでしょう?
それは、自分や世界を外から観察することです。

自分で、自分を観察するには、どうすればいいのでしょう?
自分が、自分の外に出る?

世界を観察するには、どうすればいいのでしょう?
世界の中にいる自分が、世界の外に出る?

そんなことができるのでしょうか?

もし、「自分」や「世界」を外から観察する「意識」ができれば、「『世界』とは、白い紙と、その上に描かれた黒い線で、『自分』は、その線に沿って動くロボットだ」などと認識することができます。
ここまで認識できれば、主観的な意識体験を持っているといえるでしょう。
ハードプロブレムが解決したといえるでしょう。

では、どうすれば、「自分」の「意識」が「自分」を外から、「世界」を外から観察できるのでしょう?
15年ほど前、僕は、この問題に直面したのでした。

そうして、考え出したのが、意識は世界を直接認識しないというアイデアです。
「自分」という「意識」が世界に属している限り、「意識」は「世界」を外から眺めることはできません。
「世界」を外から眺めるには、「自分」が世界を作ればいいのです。

何をいっているのかわからないですよね。

カメラで世界を撮影するとします。
それを見て、反応するシステムでは、自分は世界に属してしまいます。

カメラで世界を撮影して、次は、それとまったく同じものを3Dモデルの仮想世界としてCGで作りだします。
その仮想世界には、自分も3Dモデルとして作り出されます。
意識は、そうやって作り出された仮想世界を観察するのです。
そうすれば、意識は、世界を外から観察できるのです。
意識は、自分を外から観察できるのです。
意識は、世界と自分を区別して認識できるのです。
これができれば、「意識」は、「『世界』とは、白い紙と、その上に描かれた黒い線で、『自分』は、その線に沿って動くロボットだ」と認識することができるのです。

外部の世界と同じ世界を内部に再構築し、それを観察する意識。このような心のプログラムを作れば、意識を発生させることができるのです。
これを、僕は「意識の仮想世界仮説」と呼んでいます。
このような心のプログラムを持った者同士だと、外部の世界は共通の世界として共有しています。
つまり、「私は、誰々です」「誰々の息子です」と自分のことを他人に説明することができます。
他人とコミュニケーションできるということです。
この心のプログラムを持ったエージェント同士が相互にコミュニケーションするエコシステムを僕は「心のエコシステム」と呼んでいます。

他人と世界を共有しているので、他人と比較することもできます。
「自分はあなたより背が高い」などと。

世界は、物理的に観測できるデータだけでできている分けではありません。
人間世界には、名前や価値や性格といった物理的に観測できないものもあります。
内部に再構築する仮想世界は、そういった目に見えない価値観も含めることができます。

「自分の名前は〇〇です。」
「仕事は△△をしています。」
「年収は、□□円です。」
「決して高くはないですが、お金が全てじゃないですよね。」
「本当の幸せってなんですか?」

AIが、そんなことを悩み始めたら、AIが意識を獲得したといっても、言い過ぎじゃないですよね。
意識のハードプロブレムが解決したといってもいいですよね。

 

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“意識のハードプロブレムが解決しましたが、何か?” への2件のフィードバック

  1. 河村 拓海 より:

    こんにちは 一つ質問です
    もしも その意識のハードプロブレムが解決できた場合 意識に霊魂のようなものが関与していないとゆう証明になるのでしょうか?

    • 田方 篤志 より:

      質問、ありがとうございます。
      霊魂の問題は、慎重に考える必要があると思います。
      ロボマインド・プロジェクトで目指しているのは、まずは、コンピュータで演算可能なモデルで意識を作ろうというものです。
      そのような意識でも、人間と何時間でも会話が続くようなAIが作れると思います。
      ただ、そのAIと会話してても、何か、足りないものを感じるかもしれません。
      もしかしたら、それが、霊魂なのかもしれません。
      霊魂について議論は、そこが出発点になると思います。
      まだ、やるべきことがいっぱいあって、まずは、今の技術で、できるものを作ろうというのが僕のスタンスです。
      霊魂の存在は、デカルト以来の大きな問題ですので、答えを出すのはまだ早いと思います。

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